エンジン系カスタムの疑問
- エンジンチューニングはパワーアップの代償に寿命低下を招く?
- チューニングとは調律。正しい調律は長寿命化にもつながります
この記事の目次
エンジンチューニングとは、よりよい燃焼状態を生み出すのが目的。部品交換はその手段
エンジンの排気量をアップしたり、カムシャフトを交換して高回転化させたりといったエンジンチューニングに興味を抱く人は少なくないだろう。しかし、非常によく聞くのが「パワーアップはさせたいけど、それでエンジンの耐久性が落ちてしまったら…」という心配の声。しかし、これは正しい見解ではない。
基本的にチューニングという言葉は日本語に訳すと“調律”となる。エンジンの動きから一切の無駄を省き、適切な割合の混合気を適切なタイミングで供給し、それを適切なタイミングで完全燃焼させ、適切なタイミングで排出させるのが本来の目的であり、チューニングを進めるうえでのベースになる。パワーを得るためにピストンを交換したり、回転域を高回転寄りにするためにカムシャフトを交換する、といったパーツ交換とは極論、目的を達成するための手段に過ぎない。ピストンやカムシャフトを交換したことに満足するだけでは、本末転倒と言わざるを得ないのだ。
ゆえに、チューニングによって純正よりもスムーズな動きをできるようになったエンジンは、本来であれば純正よりも長寿命化できることに結び付くともいえる。
むろん、チューニングのすべてが長寿命化に結び付くとは限らない。たとえばオーバーサイズピストンを組み込むとしよう。純正のシリンダースリーブ(シリンダーライナー)に入らないサイズならシリンダーからボーリングする必要がある。しかし金属のシリンダーは一度削れば、もう元には戻せない。またボーリングにしても使用限界というものがあるので無限に行なえるわけではない。これはシリンダー上面の面研による圧縮比アップでも同じことが言える。その意味で、仮に車両を入手してから20年、使用限界までシリンダーを使い続けたい人にとっては、確かにエンジンチューニングによって寿命や耐久性が落ちる、と評価できるかもしれない。まぁこれは極端な話ではあるが…。
少し話が逸れたが、それ以外にも耐久性や寿命を損なうケースもある。レーサーのチューニングなどが顕著となるが、場合によってはサーキットを特定数だけ周回できればいいという割り切りから、無理をすることだってあり得るからだ。
では無理とは何か? たとえばレース用パーツとは、耐久性を犠牲にしてでも軽量化や摺動時の摩擦低減を最重視するモノも含まれる。それでもレース用とは、それで許容されてきた。極論、レーサーとは規定周回を走り切れば、あとは壊れても構わないからだ。それに基本的にレースごとにエンジンを分解し、状態を確認しているのがレーサー。摩耗の兆候が見られるか、使用限界として指定された時間や距離に応じて交換するという前提だからだ。
カスタムパーツ、それもチューニング用エンジンパーツとは、ほぼすべてがレース用を発祥としている。とくにカスタムシーン黎明期の1980年代はそうだった。そのレース用パーツを使用する=耐久性を犠牲にしてパワーアップするためのパーツ、というイメージが今なお脳裏に浮かぶ人が多いのも、エンジンチューニングに対するネガが存在する理由の一つだろう。さらには、上記のように状態を復旧できないことも拍車をかけているのかもしれない。
ただ、今では耐久性を犠牲にするようなパーツや手法を好んで使用するエンジンチューナーはまずいない。ストリート向けカスタムシーンではなおさらだ。市販されている有名どころのパーツを使ってチューニングした結果、耐久性に極端な問題が発生したり、壊れてしまったというのなら、それはパーツのせいではなくチューニングの仕方がまずいことがほとんどと言える。壊れた、ではなく壊した、と言い換えてもいいほどだ。
エンジンチューニングとは内燃機に対する正しい見識と理論に基いて着手すべき作業であり、チューニングパーツはその延長線上で組み込まれるものだ。“何となく”のイメージで行なう作業ではなく、各部との相関関係も重要になってくる。ここがマフラー交換やブレーキ交換といったカスタムメニューとの最大の違いともいえる。カスタムにおいて『一部分にのみ手を入れることは良好な結果に結び付かないばかりか、全体のバランスをくずしてネガを引き起こす可能性すらある』ということはよく知られているところだ。エンジンチューニングにおいてはそれが顕著であり、しかも容易に後戻りできないうえ、かつ間違いから容易にエンジンそのものを壊せることも十分に知っておきたい。
ボアアップには社外ピストンだけではなく金属加工が必須
エンジンチューニングでもっともメジャーな手法とは、社外ピストンを使用して排気量をアップさせるボアアップだ。そのなかでもピストンの直径(ボア)を拡大して対処するのが、もっとも一般的な手法となる。
そのために用意する必要があるのは純正より大径のピストンになるが、純正よりも大径になればそのまま組み込めるというわけではない。ピストンの径が大きくなればシリンダースリーブの直径を広げたり、場合によってはスリーブそのものを大径のモノに交換する、いわゆるスリーブ打ち替えが必要になってくる。
しかも直径が仮に1㎜大きくなったからといって、シリンダー側も単純に1㎜拡大すればいいわけではない。ピストンは熱が加わることで膨張するうえ、メーカーによっては製法や素材の違いから指定クリアランスが異なるのだ。その膨張率を勘案して、スリーブをボーリングするのか、それともスリーブ打ち替えを行なって対処するのか、はたまたシリンダーからボーリングし直すのかといった加工が必須となる。
この加工精度は1/100㎜単位の話なので、目視でどうこうできる話ではない。耐水ペーパーで夜な夜なコツコツと磨いて対処…、といったレベルではないので、専用の工作機械と、それを扱う熟練した技術者が必要になる。
ボアアップには高い精度の金属加工が必須であることを事前に承知しておこう。マフラーやサスペンション、ブレーキパーツなどのように、単にボアアップキットを購入しさえすればDIYで解決できるような性質のカスタム作業とは異なるのだ。
社外ピストンにはメーカーによる特性の違いもある
社外ピストンを選ぶ際には選択する要素がいくつか存在するが、チューニングベースとして人気モデルであればピストンメーカーのチョイスも選択肢の一つになる。
ピストンメーカーはワイセコやコスワース、JE、そしてヴォスナーが有名どころだが、社外ピストンとはそれぞれのメーカーが独自のコンセプトでピストンを開発している。
たとえばワイセコなら排気量アップはするものの圧縮比が控えめというタイプもあれば、コスワースのようにハイコンプレッション指向のメーカーも存在する。一方でヴォスナーならハイコンプレッションにもローコンプレッションにも振れるといった具合だ。
そのため単に何㏄のエンジンにしたいのかと考えるだけではなく、どのような仕様のエンジンに仕上げたいのかも考えてメーカーの選択を行ないたい。よりパンチのある特性にしたいためにピストン交換を希望するというなら、純正排気量のままピストンのみ変更して圧縮比アップで対処する、という手法もあり得るからだ。「有名だからワイセコを使いたい」「あこがれの1,135㏄にしたい」といった理由だけではなく、そもそも何を求めてチューニングするのかを、チューニングをプロに依頼するならよく相談することを推奨したい。
ピストンの重量合わせとは滑らかな動きを生み出すための手法
エンジンは非常に細かなパーツで構成されており、それぞれ高い精度で製作されている。しかし、たとえばピストンにしてもまったく同じモノが大量生産されているとは限らない。厳密に計測すれば数g単位の誤差が生じていることはめずらしくないのだ。製品に求められる精度にもよるが、工業製品には公差と呼ばれる誤差の許容範囲が存在するので、その誤差範囲内であれば問題ないと認められているためでもある。
しかし、この公差をバリ取りやピストンの重量合わせなどを経て極力取り除き、各部の精度を高めていくことも潜在能力を引き出す方法とされている。
先にも触れたがチューニングとはエンジンの動きから無駄を省くための作業でもある。ピストンの重量に誤差があれば、ピストンの上下運動にもわずかなズレをもたらすことにつながる。そうするとクランクの回転運動にわずかでも抵抗を生み出すことにもなる。そこで、無駄な動きを生まないためにも各部の精度を突き詰めるのがエンジンチューナーの役割でもあるのだ。
重量合わせを行なう必然性があるのか、と言われれば、ないと言えばないし、あると言えばある。ない理由は、製品を使用するのに致命的な問題はないからだ。しかし、多くのエンジンチューナーと呼ばれるエキスパートたちは、よりよい状態を生み出すために各部の重量合わせをレギュラーメニュー化していることが多い。
なお、純正ピストンもやはり公差があるので、重量合わせを行なうことでスムーズな動きが期待できる。パワーアップとは別にスムーズなエンジンフィーリングを得たい場合には、この重量合わせという手法が有効になるはずだ。
ここで少し触れておきたいことがある。これはエンジンチューニング全般に言えることだが、重量合わせという作業単体がパワーアップに寄与するわけではない。各種エンジンチューニングメニューとは積み重ねていくことで総合的な効果を期待する、というモノだからだ。
GPZ900Rを972㏄化するワイセコ製ピストンを導入すると約120psが期待できるとしよう。しかし、さまざまな要素で約120psも出ない可能性は生じる。その“出ない可能性”には各パーツの精度といった個体差も含まれるが、その個体差を極力排除するのがチューニングメニューでもある。ここで触れた重量合わせもその一つだという認識を持っておこう。